明治5年3月に、工務省測量司が東京府内の三角測量を実施するために設置した13ヶ所の三角点標石の1つである。この測量は日本最初の三角測量であり、当時の地図では、皇居富士見櫓に設置された三角点を通過する経線を、子午線として取り扱っていたので、ここの三角点標石が日本最初の三角点標石と考えられる。現在、この標石は天守閣跡に埋設されて柵越しに見ることができるが、史料によれば、富士見櫓に設置されたことになっている。
この東京府内の三角測量は、明治8年11月に完了し、内務省地理寮により関八州大三角測量、全国大三角測量となり、陸地測量部の一等三角測量へと発展していった。
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左:光線の加減で上面は露出過多の写真になっているが、目視では明治初期の内務省標石の特徴である対角線がわかる。 |
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左:三角点標石は天守閣跡へ登るスロープの途中(登り時左側)の木の下にある。 |
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左:この三角点標石が本来設置されていたはずの富士見櫓。富士見櫓の改修時に天守閣跡へ移されたらしい。 |